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第31話 現実は意思でつくられる

第31話が掲載された「子どもと昔話55号」は、2013年の参院選を前に「特集:非戦の憲法を守り、原発廃止を実現しよう」が組まれました。 その流れを汲んだかのように、今回の「うさぎ!」では憲法、軍隊、非戦、平和といったテーマが取り上げられ、また広告にも焦点が当てられています。 季刊誌を全体として受け止めたときに、さまざまな考えが浮かび、いろいろな思索を持つことにできる号です。 まだ「子どもと昔話」をお手にとられたことのない方は、これを機に55号をお手元に引き寄せてみてはいかがでしょうか。友達に借りるとか。図書館で借りるとか。 発行元へのメール発注 でもスムーズに購入することができます。(メールで発注、現物と郵便局での払込書、請求書アンド納品書が届く、郵便局でお支払い。その場合、送料150円がプラスされ、冊子が830円なのでお支払い合計は980円です。) ✦ 南国市、そしてそこから橋をわたってすぐのX島から帰ってきたきらら。 広告は言論 世の中の流れは自分の手でつくるもの 憲法、軍事力、平和 モノ・カネ・外見主義 戦うこと、立ち向かうこと。 それをおそれないこと。 ✦ 参院選がやってきます。 苦々しい思いを持つ私たちの手に、一票が握られています。 とか書くと、どうなんでしょう、「うわー政治?うっとうしー」って感じでしょうか。 吉本隆明さんの「フランシス子へ」を読んだところなのですが、書中で取り上げられていた「言葉と、それの表す実体を短絡的につなぎすぎてやしないか。疑問を持たずにうのみにしていることが多すぎないか?」というようなお話に、何だか深く共感したのでした。 いつからか私たちは、「考えること」もアウトソーシングできると考えてはいないだろうか? 「考えること」「話し合うこと」は専門家のやることだと、思わされてはいないだろうか? 意見を言うことも、反論することも。 『うさぎ!』はその「考える」を引き出すのがうまい。 憲法とは。軍事力とは。 考え続けたい。しつこく、目を見張り続けたい。 福島の事故を忘れない。 この思いを持ち続ける。いつまでもくやしいと思う。いつまでも、反省したいと思う。 こんな思いのある方、ぜひ「...

和風というカテゴリ

「古きよき日本の」といった意味合いで、「和風」という言葉が日本では使われます。 お着物の布のような、日本古来の柄や模様。食べ物で言えば、あずきやお抹茶。 アメリカで言う「native americanな」という言葉とちょっと似ているかな。 日本古来のものを「和風」というカテゴリに押し込んで、外側から冷たく眺めようとしているように思えてきたのです、『うさぎ!』を読んでから。 「日本っぽさって、いいよね。でも、もう戻れないよね。今の私たち日本人には絶対に必要なものではないよね」 というささやき。 茶道や書道、日本的な文化は「習い事」の列に押しやられているようにも思えてきたり。「習い事」として生きながらえているだけでも、もうけものなのかな。 ところで。 著者と近しい、著名な日本人作家であるよしもとばななさんは下町の出身であります。玄関には鍵などかけず、近所同士でゆたゆたと交流し合う環境。その、割と最近な「昔の日本」の空気の中で育ったお方なのですが、そのころのよさはもう日本で絶滅しかけていると感じられるそうです。 悪いところもあったけれどよいところもふんだんにあった「昔の日本」は、いまやからからになって枯れ果てる途上。 結果、「和風」なんて一見すてきそうに見えるけれど乾いた言葉の中に押し込められて、形だけ残ってるのみ。 ほんとうにそれでいいのかな? 私たち、残すべきものをなかったことにしようとしてないだろうか? こぎれいなショッピングモールに並ぶ「和風ショップ」(主に海外の方のおみやげや、「和風」を好む一部の方のためのお店)を眺めながら、うさぎくんに背中をちょんとつつかれて、そんなことを思うのでした。 ✦ 目次に戻る

「働く」を思う

著者の小沢さんは12年くらい働くのをお休みしていたと聞きます。 その間に世界のあちこちに滞在されて、『うさぎ!』の源となるさまざまな経験をされたようです。 となると12年の間、働くつまりお金を稼ぐことはしなかったけれど、その間にいろんなものを育てていたわけで、その結果時間が経ってから作品にしたり著書にしたりでお金をつくりだすことになるのだから、「働かなかった」とは言ってもその実「働いていた」のかもしれません。普通に働いていては得られないものも、得られたのかも。 そう考えて自分のことを思ってみるとここ6年くらい私は「専業主婦」という肩書きで過ごしてまいりました。(「専業」?「主婦」?不思議な言葉がふたつもつながってできている…)育児休業中、とか言うときもあります。 つまりは無収入で、子どものことを中心に、家事全般を切り盛りしてきたわけです。 「無収入ね、つまり働いてないってことね」 となるのですが、本人の自覚としては「今までにないくらい働いてる」という感覚の6年間なのでした。体を使って(なんなら体の中も使ってます、産んだりとか飲ませたりとか)、めっちゃ労働してたと感じます。 なんなんでしょうね、働くって。お金が発生しなくても、働いてるときってあるんじゃないだろうか。 もっと言えば、お金が発生する・しないはそれほど大切なことなんだろうか? でもお金がないと食べていけないし…いや、実家に寄生したらお金がなくても食べられるかも?でもそれじゃ「社会人として認められない」?え、「社会人」ってどんな人のこと? …と、疑問が深まっていくわけですが。 まあとにかく、働くって、深いですね。 この春から6年ぶりに「働く」ことになりました。 そうしたら、なんだか気がよくなって、楽しくなってきました。(まだ働いていないからこその楽観なのでしょう。) 何かして、役に立って、お金をもらって、それで自分のほしいものを買い物するのってなんてすてきなんだろう! 『うさぎ!』的には「買うことにとらわれたくない」うさぎくんたちが登場するわけなのですが、その視点も忘れずに、楽しく買い物をしようと思います。 何のお仕事をしているのですか?を英語で言うと「What do you do?」だそうです(NHK「基礎英語」より)。 「何をしているの?」「...

第30話 低関心と広告

うさぎ、トゥラルパンたちは、広告について語り合っています。 広告から文章がなくなった 説明のない、イメージだけのCM 内容のない広告を街中に散らしておく理由 一日に数千の言論を浴びせられている僕たち 低関心(広告を疑問なく受け入れる層)と広告の関係 数千の言論を無視し続けなくてはいけない状況で、私たちは? ✦ 本話を読んで、椎名誠さんの小説に『アド・バード』という作品の、荒廃した土地に広告用の鳥たちがうごめく世界が心に浮かんできました。今の世界、あそこへの途上にいる気がします。 広告。売るための言葉やイメージや動きに、私たちは囲まれています。 「本当にそうかな、それほど広告に侵略されてるってこともないんじゃないかな?テレビのCMは飛ばして見ないようにしてるし、物を買うときは自分の判断基準で選んでるし」 ・・・なんて、「自分だけ違う」と思おうとしていたけど、今や広告は「広告っぽくない形で」行われるもの。侵されていないと思っていても、広告の影響からは外れられないのだとあらためて思いました。 インターネットなどのIT技術の目覚しい進歩の様子を見ていると、広告に関係のある機器や技術だからこそ、これほど重要視されて、どんどん高度になってきている気もしてきます。家の中にある物の中で、テレビやパソコンって必要以上にできがよくないだろうか?炊飯器や洗濯機なんかに比べて。 あらゆる物に広告がくっついてくる、挟まれてくる。その中で本、単行本の広告のなさにはあらためてびっくり。(本文の中に、気づかれないように広告が入っている本もありますが。)紙媒体より電子媒体の広告のほうが、品がよくないとも思います。検索ワードなどにひもづいた電子広告の「あなたこういうの好きでしょ、ね、ね」と言わんばかりの広告の出現には、逆に気持ちが引いてしまうことが多いです。このへん、今後もっと上手になっていくんでしょうね。 そんなに買わせたいんだなあ、としんみりもします。私の、お金を出す機能にしか興味がないのだなあと。小沢牧子さんの仰る「財布の口を開け閉めするだけの生活」という言葉が、実感として湧き起こってくる瞬間です。 さて、「低関心」と「高関心」。考えてみました。私はどちらだろう? 広告にはよくつっこみを入れるほうだけど・・・でもよく考えてみると、低関心と...

ラ・ホルナダ

『うさぎ!』でおなじみの、革新的記事でいっぱいだというメキシコの新聞「ラ・ホルナダ」。 著者の奥様、エリザベス・コールさんが長く寄稿しているそうです。 そうだったのか! いろいろと話がつながって、探偵小説のようだ・・・。 奥様のお話は、 こちら 。

機械が人の上に立つ

この生きている時間の中で、どのくらいの時間を買うことに費やしているんだろう?と、思ったのです。最近、百貨店で。 眠る時間と同じくらいの時間を費やしているんじゃないだろうか。 しかも、そこでの店員さんの動きは、かなり周到に操られてる。『うさぎ!』で言う「灰色」に。 その日は特別な割り引きが受けられる日で、いくつか品物を選んで店員さんに割り引き後の値段を聞いた。「このクーポンをお持ちでしたら、この金額になると思います。」 ・・・「思います」?確信はできないらしいのです。複数の割り引きの権利を持っていたんですが、それが併用できるのか、ポイントはどのくらいになるのか、はっきり分からないらしい。 「レジに通してきますのでお待ちください」と店員さんは、値段をレジの機械に聞きに行った。 機械に聞きに行ったのですよ、上司にとかではなく。 「○○円でした、この割り引きとこの割り引きは併用できないみたいですね」 なるほど・・・この感じか~と妙に納得してしまいました。 最近の割り引き制度・ポイント制度って複雑で、ぱっと見ただけじゃいくらか分からない場合って、そういえば多くなったな、と。 ポイントが貯まるから、その分は後で得だけど、クレジットカードじゃないとポイントはつかなくて、この割り引きと一緒だとポイント率が下がる・・・え、二点買うと二割引?期間限定ポイント三倍?期間限定ポイントの期限は一ヶ月で、100ポイント貯まらないと使えない?どうしよう・・・、みたいな。 どれだけ迷わせるかを競ってるようにすら、思えてくる。 そんな中、絶対的な権力を持つのが、レジの機械。 バーコードやカードを通せば、ぴたりと正解を導いてくれる。店員さんはそれに従ってれば、怒られない。お客さんにも「レジでこう出たので、この割り引きはポイントがつきません」と堂々と説明できる、魔法の箱。 ああこうやって、「灰色」は、人びとを動かしてるんだなあ~。 そのたくらみはもう、私たちの生活に浸透してる。 できるだけあらがいたい。 買う時間より、つくる時間を大事にしていきたいな。

ほぼ日の元世界銀行西水さんのお話

援助のこと。現場に入るということ。 「貧しい」の定義。体を生かすだけの生活・・・ うさぎ!読者のみなさまにぜひ読んでいただきたいインタビューです。 「 ほぼ日刊イトイ新聞 それはまるで、ダンスのように。 」