「このお話のころの世界」が語られる。 灰色から見た、人びとの姿。 灰色から見た、子どもの姿。昔話。 灰色にとって都合のよいことと、都合の悪いこと。 うさぎ、きらら、トゥラルパンが銅山の国へと、旅立つ。 沼の原での、水をめぐる戦いのお話が、始まろうとしていた。 ✦ 「豊かな」国と「貧しい」国。 豊かな国と聞くと、どこが思い浮かぶでしょう。 まず私に思い浮かぶのは、私の住む国、日本。それから、アメリカ、ヨーロッパの国々。 なぜだろう、なぜその答えが浮かぶんだろう? 第1話は、思い浮かぶ、自然に覚えさせられている、その不思議に、気づかせてくれる文章なのでした。 一番最初に第1話に出会ったのは、インターネットで、でした。 以前「毎日の環境学」というサイトに、第1話が掲載されたことがあったそうで、その時の画面がどこかに保存されていたらしい。 『うさぎ!』は難しい、という意見をちらちらと聞いていたので、おそるおそる。 読み終わってまず浮かんだのは、『モモ』みたいだな、ということでした。 『モモ』では灰色の服を着た、時間泥棒っていうのが出てくるでしょ、あの姿がまず浮かんだ。 あー、あのこわいものが、実は今の私のそばにいるんだなあ、と。そばまで来てるんだなあ…。 「本当に小沢健二が書いてるの?」と思うくらい、透明な語り口の印象を受けました。 そしてちょっと、こわい感じ。 まずいな、今の世界って、ここまで来ちゃってるのか、というこわさ。 あの小沢健二がこう書くほどの、書かなくちゃならないほどの、世の中に。 “お金の塊を大きくするのに都合のいい世界は、人びとがおたがいを疑って、怪しんで、怖がっているような世界でした。そのために、一人一人が、一つ一つ袋に入ったあめ玉のように、ばらばらになっている世界でした。” 第1話 15頁 日常の中で、この人びとが「ばらばらになっている」様子が思い浮かぶことが多いです。人と人がばらばらだと思うと、力が出てこなくなります。「どうせ何も変わらない」…そう言いたくなる気がします。 そうでない場所を思い描くと、力が出てきます。「何だってできる」と言えそうな気分。社会や政治や経済、なんて難しい言葉で区分けしないで、世の中をとらえてみたい。 無力感、私もいつも感じていま...
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